福島の原子力事故から8ヶ月の間、原子力問題に関する報道が数多く出ている。しかし放射線による死者は出ていない。これは大変興味深いことだ。通常は、これほどメディアの注目を集め続けるような大事故であれば、何10、何100どころか何1000人もの死者が出ているものだ。福島では3基の原子炉が自壊した。
この規模だとウィンズケール(1957年、英)、スリーマイル島(1979年、米)、そしてチェルノブイリ(1986年、ウクライナ)での1基のみの原子炉事故よりも状況は悪い。しかし、チェルノブイリを除くいずれの場所でも死者はでていない。チェルノブイリでの死亡者数は、現在では50人未満であったと確定されている[1]。私たちは何か間違いを犯したのだろうか。放射線は一般に考えられているよりも害が少ないのだろうか。
放射線は途方もなく危険であるという視点は、科学よりも歴史に基づいている。冷戦時代に、放射線への恐怖は重要かつ効果的で世界に通用する兵器のようなものであり、各国の国内においても極端な反応を起こすことは避けられないものだった。当時、人々が自由な意見表明を認められていた国では、多くの人々が核兵器と放射線から解き放たれた生活を求めてデモ行進し、投票した。