さて長い前フリを終えて本題に・・・。それに関連してこの日、
ウィキペディアの「外国国章損壊罪」も見てみたんよ。
そしたら、印象に残る、1エピソードがありました。
1993年(平成5年)の「ドーハの悲劇」の際に、日本のサポーターが駐日イラク大使館の国旗を引き降ろし持ち去った行為が該当する(イラク公館側は“日本人の愛国心の表れ、郵便受けにでも返しておいてくれれば”と告訴しなかった)。
※もっとも犯人が逮捕されたわけでも名乗り出たわけでもないので「サポーターが盗んだ…」は状況からの推論ではある。状況的にはかなり疑わせるものがあるが。、日本のサッカー応援団は国際比較上、それなりにマナーがいいほうだとは聞くものの、それが事実なら1990年代にはこういうアホバカくされげどうも、一部にはいたらしい、ということだ。時代はJリーグの発足直後、まだサッカーの応援団文化も”成熟”にはほど遠かったことも関係するかもしれない。
ただ、本当に犯人は日本応援フーリガンか?、は置いておいて、イラク大使館の「郵便受けにでも返しておいてくれれば」という言葉はなかなかのものだな。国を代表する大使館は時には強硬姿勢を見せる必要も戦略上出てくるし、逆にこういう”寛大さ”を見せるのも戦略の一環だったりするけど、ともあれこうやって過去の事例を読んでいた一読者に強い印象を持たせて、紹介しようと思わせるものがあった。
時は湾岸戦争からわずか2年後、フセイン政権はその敗北で崩壊するという予測をくつがえし、圧倒的な強権の弾圧でクルドの反乱などを押さえつけて地固めをした…その直後。大使館も旧イラク政権の人々ということになります。この当時の駐日大使などは、いま、どこで何をしているのだろうか。調べていけば分かるのだろうけど。
また、1993年といえばまだWin95 もなく「インターネット前史」。単純な私の検索レベルでは、上の顛末を補強するような資料は見つからなかった。ウィキペディアも、上の引用エピソードには脚注、出典の明記はない。